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DEIテック:組織の多様性を推進するテクノロジーの最前線

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24.09.04

Natsuko Seto

皆さんは、「DEIテック」という言葉をご存知でしょうか。

「DEIテック」とは、テクノロジーを活用して組織の多様性や公正性、包括性(Diversity, Equity & Inclusion) を推進するツールやサービスの総称です。

日本では、女性管理職の少なさや男女の賃金格差など、主にジェンダーギャップの観点から語られることの多いDEIですが、欧米先進国でも、組織内の民族や性別の多様性欠如が長年にわたり社会課題とされ、今もなお解消に向けた議論や試行錯誤が続いています。

そのような中、ここ数年、欧米を中心に注目されつつあるのが「DEIテック」と呼ばれる市場の台頭です。本記事では、欧米を中心に拡大するDEIテック市場の動向と主なスタートアップをご紹介します。

目次

組織へのポジティブな影響が認められながら停滞するDEI

近年、日本ではジェンダーギャップの解消に向けた動きが進んでいます。2023年3月期決算からは、「女性活躍推進法」の制度改正により、上場企業を対象に女性の管理職比率や男女の賃金格差の公表が義務付けられました。

これは約4,000社に影響を与える重要な法的措置であり、ジェンダーギャップの是正を促進するための重要な一歩と考えられますが、元々日本におけるジェンダーギャップは先進諸国に比べて大きく、その解消にはなお長い道のりが予想されます。たとえば、2022年時点での男女間の賃金格差はG7の中で最も大きく、21.3%に達しています。また、女性管理職比率も12.9%と、米国(41.0%)やフランス(39.9%)と比べて著しく低い状況です。

組織の多様性がイノベーションに与えるポジティブな影響については、これまで多くの研究で明らかにされています。15カ国1,000社の大企業を分析したマッキンゼー・アンド・カンパニーの調査では、経営幹部の多様性が高い企業ほど財務実績が優れていることが示されました。また、組織の多様性は財務実績だけでなく、優れた人材へのアクセスや従業員の定着率向上、さらにはブランド認知度の向上にも寄与することが確認されています。

さらに、ボストン・コンサルティング・グループの調査では、より多様な経営チームを持つ企業は、イノベーションによる収益が19%高いという結果が出ており、DEIが組織の成長と成功にとって重要な要素であることが示唆されています。

一方、日本よりも組織の多様性が進んでいるイメージを持たれがちな欧米諸国でも、DEIの促進は未だに大きな課題として残っています。特に米国では、2022年の時点において男女間の賃金格差(男性と女性の収入の中央値の差)は約18%であり、過去20年間ほとんど改善が見られていないことが指摘されています。さらに大手企業100社の経営層の約70%を白人男性が占めており、有色人種の男性や白人女性の割合はそれぞれ約14%、有色人種の女性はわずか3%という偏りが依然として存在しています。

長年ダイバーシティの推進に取り組む米国のこうした状況は、組織の多様性推進や格差是正の難しさを物語っているのではないでしょうか。

DEIテックの台頭と市場の全体像

そのような中、テクノロジーを活用して組織や従業員の多様性に関するインサイトを提供し、人事プロセスや慣行を改善するためのエンタープライズソフトウェア(多くはSaaS)、通称「DEIテック」の導入が欧米企業を中心に少しずつ拡がりを見せています。

採用や昇進など、人材に関する意思決定においては個人のスキルや行動、実績などが評価されますが、その際に評価者が持つ無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)が入り込みやすいと言われています。DEIテックの多くは、AIやデジタル技術を活用したデータ分析を通じてそうした偏見が顕在化している部分を特定し、その影響を測定することで人事関連の意思決定やプロセスを改善することを目的としています。

DEIテックのグローバルでの市場規模は、現在約53 億ドルと推定されています。大小様々なベンダーやプロダクトが存在する細分化された市場で、ほとんどのベンダーは創業5年以内の新興企業と言われていますが、世界的なESG遵守の潮流を捉え、急速な成長が予想されています。

資金調達も盛んです。例えば、組織内の賃金格差を分析するプラットフォームを提供するSyndioは、創業から6年で合計8,000万ドル以上の資金調達に成功しており、また企業のDEIの取り組み評価や従業員の認識を分析するツールを提供するCanarysは、2023年時点で創業から5年で合計1,000万ドルの資金調達を行なっています。

DEIテックのタイプと事例

現在多くのDEIテックは、主に以下の4つの領域で提供されています。

  • 人材獲得

  • アナリティクス / コンプライアンス

  • 人材開発 / 人材管理

  • エンゲージメント測定

以下、それぞれの領域の特徴や具体例をご紹介します。

人材獲得

より多様な人材プールにアクセスし、採用プロセスの各段階で人材の多様性を維持するためのプロダクト群です。

その多くは、様々な母集団から多様な人材を見つけるためのLinkedInのような人材プラットフォームや、企業の中で不足している特定の母集団をターゲットに採用活動を行うためのツールですが、採用サイトや求人広告に掲載する内容が無意識に候補者集団の多様性を制限するものになっていないかを分析するツールなどもあります。

少し古い調査になりますが、2019年時点で人材獲得領域に位置づけられるプロダクトはDEIテック全体の43%と、多数を占めていると言われています。

この領域には帯びたたしい数のプレーヤーが存在しますが、以下はその中の一例です。

  • InHerSight

2017年に創業したInHerSightは、女性に特化した企業の口コミサイトで、女性が現在または以前の雇用主について、管理職の機会、産休、給与、テレワークの可否など15の指標で評価することができます。このフィードバックに基づき、企業には1から5つ星のスコアが与えられます。ユーザーはこのサイトを通じて、自身が雇用者に求める条件とマッチする企業を検索することが出来ます。

  • Textio

Textioは、AIを活用して求人広告やその他の採用関連コンテンツの言語に偏りがないかを確認し、改善の余地を特定して改善案を提示するツールです。

一部の研究によると、特定の言葉や表現が女性の求職者に大きな抵抗感を与え、無意識下で「この職場には自分が合わないかもしれない」という印象を与えることや、特定の単語が成長思考よりも固定思考を示唆したり特定の応募者に排除的と映るということがわかっています。

Textioは、こうしたデータに基づいて何百万もの文章サンプルを学習し、企業がより多様な人材に対して訴求することをサポートしています。

人材開発 / 人材管理

人材開発の領域には、テクノロジーを活用した従業員の学習やスキル開発、メンターシップやキャリア管理などが含まれ、DEIテック全体の約20%程度を占めます。

最近では、バーチャルリアリティ(VR)や拡張現実(AR)技術を活用した没入型のダイバーシティ研修等を提供するプレイヤーも登場しています。

以下が、この領域のプロダクトの一例です。

  • Equal Reality

Equal Realityは、VRを活用して自分とは異なる立場を体験出来し、体験者同士の対話を促進させる研修を提供しています。

研修では、人種差別、ジェンダーギャップ、LGBTQIA+の体験、いじめ、セクハラ等、幅広いテーマの体験が用意されています。

  • Landit

Landitは、個々の女性従業員のキャリアゴールや価値観に合わせたキャリアパスを設計し、実現を支援するためのパーソナライズされたプラットフォームを提供しています。

プラットフォーム上では、有資格者によるコーチングの受講や社内のアドバイザーやメンターとの繋がりを形成できるほか、スキルアップのための研修や社内のキャリア機会に関する情報へのアクセスも可能です。

ファイザーやメットライフなど、大手企業が本プロダクトを女性従業員向けに導入しています。

アナリティクス / コンプライアンス

この領域のソリューションは、組織内のDEIの進捗を可視化し、適切な意思決定を支援するための分析を提供しています。これらには、従業員の多様性や推移の可視化、賃金格差や規制遵守などのダイバーシティ関連のKPIに対する進捗管理、企業のDEI関連の施策評価や効果測定などが含まれます。

この領域のプロダクトはDEIテック全体の25%以上を占めると推計される一方、比較的若い企業が多いことから、DEIテック全体の推進力の一つとなっています。

  • Diversio

Diversioは、AIを活用して企業組織の多様性に関する包括的なデータ分析や施策評価を行う先駆的なプロダクトの一つです。ホンダやユニリーバなどの大手クライアントを抱え、2万社以上の企業データベースを活用する先進的なHRプラットフォームです。

既存の人事システムと連携し、企業の人事データに直接アクセスすることで、多様性推進の状況を多角的に分析します。独自の「インクルージョンスコア」により、組織の包括性を定量的に評価し、従業員のエンゲージメントを詳細に可視化。さらに、最先端のAI技術を駆使し、組織改善に向けた具体的かつ実践的なアドバイスを提示します。データに基づく客観的なインサイトにより、企業の多様性戦略に革新的なアプローチを提供しています。

  • PayParity

組織の多様性や公正性を担保するためのソリューションを手掛けるTrusaicが提供するのは、従業員の賃金の公正性や格差の原因分析を行うためのソリューションであるPayParityです。

このプロダクトでは、部署や事業所だけでなく、年齢、性別、人種、民族、障害有無などの切り口から、特定の属性における賃金の偏りを分析することが出来ます。

アナリティクス領域には、ダイバーシティに特化していない一般的なピープル・アナリティクスのプロダクト上に、ダイバーシティの指標が搭載されたものも多く展開されています。

エンゲージメント測定

日本でも普及していますが、従業員のエンゲージメント(満足度)をダイバーシティの側面から測定するソリューションも、DEIテックの主要な領域の一つです。

日本ではCulture Ampなどが有名ですが、DEIに特化したその他の例として以下のようなプロダクトがあります。

  • Allie

Allieは、Slack上のチャットボットでダイバーシティに関する社員からのフィードバックを収集したり、簡易的なトレーニングを行うツールを提供しています。

ユーザー企業は、チャットボットが収集したデータに基づく分析結果から、これまで見逃していたバイアスを特定したり従業員が職場で直面している疎外体験を把握したりすることが出来ます。

また、エンゲージメント機能は、前述のアナリティクス領域のプロダクトにも一機能として搭載されているものが多数あります。

ここまでDEIテックの4つの領域について具体例を交えてご紹介しましたが、DEIテックを提供するベンダーは大小様々で、必ずしもDEIに特化したプロダクトだけを提供するベンダーばかりとは限りません。

こうしたプロダクトを提供する企業には、企業のDEIを促進することを主目的とした「DEI特化」ベンダーに加え、一般的なHRテックの中にDEIに配慮した機能を付加する「DEI機能」ベンダーや、デフォルト機能の汎用性の高さから組織の多様性促進に利用可能なプロダクトを提供する「DEIフレンドリー」なベンダーがあります。

DEIテックのリスクと課題

DEIテックは多方面で展開が進んでいますが、市場の成長を減速させ得る短所やリスクも存在します。

短所の一つとして挙げられるのは、DEIテックツールの効果測定の困難さです。多くのツールは、組織における多様な構成員のエンゲージメントや定着率を直接的に向上させるようには設計されていません。そのため、これらの指標を用いてツールの成果を証明することが難しく、結果として企業の導入意欲や投資が低下し、市場全体の成長鈍化につながる可能性があります。

これに対し、ベンダーと導入企業には、ツールが直接影響を与える領域を明確にし、それに基づいた定量的な成功指標を設定することが求められます。さらに、企業がツールから得た洞察を具体的なアクションに結びつける能動的な姿勢が、DEIテックを真に有効なツールとする上で重要です。

もう一つの重要なリスクは、企業のDEIへの取り組みが政治や景気の影響を受けやすい点です。特に米国では近年、社会の分断を強めている「カルチャー・ウォー」と呼ばれる文化的対立の一環として、DEIを推進する企業に対する保守派からの圧力が高まっています。その結果、ハーレーダビッドソンはDEIの取り組みを廃止し、AMDは役員報酬制度からDEIの指標を削除するなど、今年に入って次々と、大企業によるDEI縮小の動きが報じられています。

また経済面では、昨年、GoogleやMetaなどの大手テック企業が景気の不透明さを理由にDEI予算を削減し、関連部署の人員を縮小したことが報じられました。これらの事例は、企業のDEI施策が政治的・経済的な動向に左右されやすいことを示しており、DEIテックの市場全体にとっても重要なリスク要因と言えるでしょう。

まとめ:日本での拡がりや活用にも期待

今回ご紹介したような欧米発のDEIテックで、日本市場に本格的に参入している企業はまだ少なく、日本でDEI推進にテクノロジーを導入している企業は現時点ではあまり一般的ではないように見受けられます。

しかし、エンゲージメントツールやピープル・アナリティクスを活用して従業員の理解を深め、多様な人材の発掘や育成、コミュニケーションの円滑化、風通しの良い組織文化の醸成を図る動きは確実に広まりつつあります。

近年、女性の管理職比率や男女の賃金格差の開示が義務化されるなど、ダイバーシティ推進に対する社会的要請が強まっていることから、今後、日本でも従来のHRテックにDEI要素が強化されることや、海外のDEIテックが日本市場に参入する可能性もあるのではないかと考えます。

一方、DEIの推進は最終的には組織や個人の行動変容によってもたらされるものであり、データと分析だけで変化を期待することは出来ません。様々なデジタルツールやデータを駆使して現状を高解像度で把握した上で、具体的なアクションを取ることが重要となりますが、企業としての効果的なアクションについては、DEI先進企業においてもまだ試行錯誤の段階と言えそうです。

エンプロイーサクセスの実現を支援するプロダクトのご紹介

弊社の出資先である株式会社PeopleXは、“社員を成功させることで、企業を成長に導く”というミッションを掲げ、「社員の即戦力化」「スキルアップ」「エンゲージメントの向上」という3つの課題を解決するためのアプリケーションを開発しています。

本年8月1日に正式に提供が開始されたばかりのプラットフォーム「PeopleWork」では、入社・異動・昇格した社員の即戦力化のための機能が搭載されています。

現在、中途入社後の即戦力化を支援する施策を導入する企業はある一方、部署異動後、昇格後の支援体制は多くの企業で未整備となっている現状があります。また、社員の即戦力化に関しても人事と事業部門の連携不足、現場任せ、担当者ごとに方針が異なるなど、様々な課題があります。

「PeopleWork」では、社員同士のコラボレーションを促進する多数の機能によって、「人からの支援」と「スキル学習」の両面を支援し、社員一人ひとりの能力発揮を支援する環境を提供します。

ご興味のある方はぜひご覧ください。

プロダクトのより詳細な情報については、こちらをご参照ください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

Text by Natsuko Seto(@natsuko_seto)

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<参考資料>

男女の賃金格差とは 日本はOECD平均の2倍の水準に女性の管理職比率、企業に公表義務 従業員301人以上, Who has power in corporate America? Men do. New data shows women vastly outnumbered at topHow Diverse Leadership Teams Boost Innovation (Boston Consulting Group)Diversity wins: How inclusion matters (McKinsey & Company)For Women’s History Month, a look at gender gains – and gaps – in the U.S.DEI-tech firm Kanarys hits $10 million in funding, putting its founder in rare company, Pay-equity startup Syndio raises $50M as more companies broaden analysis of workplace fairnessDiversity & Inclusion Technology: The Rise of a Transformative MarketHarnessing DEI Technology to Enhance Diversity, Equity, and Inclusion5 tech-driven ways to promote DEI in the workplace15 Initiatives and Technologies Emerging in DEIThis is how AI will disrupt the DEI industry,DEI: Shaping The Future Of Vibrant WorkforcesCompanies drop DEI targets from bonus plans on pressure from conservatives米企業の多様性推進、「文化戦争」の標的にTech companies like Google and Meta made cuts to DEI programs in 2023 after big promises in prior years

Text by

瀬渡 奈津子

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